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2011年02月10日

お知らせ(訃報)

 

平成23年(2011年)2月5日

遺影.JPG 

弊社の創業者で、前代表取締役 室 康之が、2月5日午後6時37分に逝去いたしました。
昭和10年11月生まれの75歳でした。

平成20年9月より入退院を繰り返しつつ約2年半に及ぶ闘病生活でした。
亡くなる数日前になって奥様から、入院時に既に重症の肺癌を患っており、
放置すれば1ヵ月、抗癌剤治療すれば1年の余命と診断された旨はじめて聞かされました。
持ち前の体力・気力で2年半もの間頑張り続けたことに感心するばかりです。
手術できない肺癌でしたので、転移に気を配る入院生活でした。
最後の1週間前までは、頭に転移していても意識もはっきりして、食事もとっていました。
元来、相当の読書家で、何冊もベッドの脇に置き、日経新聞も隅々までよく読んでいました。
最後に頭への転移から視力が落ち、「本を読めなくなったのがつらい」とこぼしてました。
若い頃から麻雀も強く、かなりの腕前でした。出社すると徹マンでソファーでよく寝てい
ました。50歳を機にゴルフを初め、持ち前の負けん気で数々のコンペで優勝もしました。
昨年もある時見舞いに行きますと病室が空っぽで、しばらくしてスニーカーで帰って来ました。
「こうして足腰を鍛えておかなくてはゴルフにも行かれん」と上機嫌で話しておりました。
身内だけの葬儀でしたが、お棺には、特別に木だけで作られたクラブや帽子を納め、
ポロシャツにブレザーというゴルフウェアーでの旅立ちでした。
思えば30数年、公私にわたり大変お世話になったものです。釜座に会社があった当時は
近くの「にし」という居酒屋へ数えきれない程連れて行ってもらい、また木屋町
の「幹」というクラブにもその流れで幾度もご一緒しました。気分が乗ると詩吟での
「武田節」や「影を慕いて」が十八番でした。
若い頃から男前で知られていたようで、一日に二度もワイシャツを替えられるなど、
身だしなみに気を配られておりました。
病身をお見せするのをためらって、本当に身内のみでの入院、闘病生活となり、
お見舞い等をお断りすることも再々ございました。
この際改めましてお詫び申し上げます。
また、葬儀等に際しましては故人の遺志と喪主である奥様 稔子様の強い要望によって、
身内のみのお通夜・告別式となりました。
この点につきましても長い間お世話になりました紙業界の関係の方々には、
まことに失礼の段、併せてお詫び申し上げる次第でございます。
私も引継ぎましてわずか3年半しかたっておりませんが、40年もの間会社を守ってこられた
故人には只々頭の下がる思いであります。
また故人は親戚一同にあっても要として大きな存在でありました。
親類縁者の故人に対する敬意と感謝の念は今も変わりません。誰もが大きな太い柱を失った
心境にあるようです。
最後に手を握りました折、がんばれよ≠ニ握り返してくれました。
創られました会社を少しでも長く継続して行く事が、故人の遺志であり、
それがとりもなおさず私の使命であると決意しております。
ここに故人が生前頂戴いたしました皆様方のご厚情に対しまして心よりお礼申しあげます
と共に謹んでお知らせ申し上げます。 
新聞にも掲載しております様に、誠に勝手ながら ご弔意その他のお心遣いは拝辞させて
頂きますので何卒ご了承の程お願い申し上げます。        
                                                                             代表取締役 酒井 敬