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2018年09月21日

嶽神伝 孤猿

嶽神伝 孤猿 上・下 (がくじんでん こえん)

著者:長谷川 卓 発行所:講談社

信玄が、父信虎を今川家へ追放したのが、天文10年(1541年)。信虎の出生は、色々ありますが

明応3年(1494年)として48歳の時。天正3年(1575年)81歳で没したとされています。

追放した信玄は、自身の死を秘匿するよう遺言したが、元亀4年(1573年)53歳で没する。一方、

信玄と正室との長男・義信は、天文7年(1538年)に生まれたが、謀反の疑いをかけられ30歳で

自害している。戦国時代とはいえ、子、父、祖父の順に亡くなっているのである。

 

追放され今川家へ隠居に出された信虎の幼児がさらわれた。今川家の軍師・雪斎。たまたま暗殺現場

に出くわし、雪斎の命を救った男。そして、その男に雪斎は信虎の幼児救出を依頼するその男の名が、

山の者・無坂であった。凄腕七つ家の二ツとタッグを組み、信虎の幼児救出に山に分け入った。

また、晴信は、かまきりに信虎の幼児暗殺を命じた。それを知った景虎が軒猿を、また北条幻庵が

風魔を、静かな山間が、また騒がしくなっていく。☆☆☆☆☆

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里では、今川が織田が北条が武田が領地を取り合っては戦っている。

多く者の血が流れ、多くの者が死んでゆく。山でも同じことがあった。何年も殺し合いが続いた。

そんな時に、ひとりの男が争いを止めるように説いて回った。

しかし、争いは続いた。ある日、おのおのの集落で若い衆が争いで少なくなっているのに気付いた。

だが遅く、多くの集落が消えていった。そこから生き残った者が集まり、あらゆる決め事を話し合

いでするようになった。

その中心にいたのは、説いて回った男であった。その男を皆は『嶽神』と呼んだ。